永上裕之のネタ帳

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「滅茶苦茶なベンチャー社長」になってしまう3つの理由

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2016年の12月に30歳になり、「人に任せる」ということについて色々と悩んでいたときに、

ベンチャー社長を「滅茶苦茶」にしている真犯人 | エグゼクティブキャリア総研

というタイムリーな記事に出会いました。

記事の結論については賛否両論あるようですが、「滅茶苦茶な社長」というフレームが共感しました。記事の中で「滅茶苦茶な社長」とは、

突然、新サービスを始めると言い出す。
突然、身の丈に合わない大きなビジョンを語りだす。
突然、これまで積み上げてきたプロジェクトをひっくり返す。

 勝手に大きな出資を決めてきたリ、シリコンバレーに出張に行って意味不明な提携をしたり、事業シナジーがあるとは思えない新分野への進出を決めたり。

そして、業務に関しては任せつつも、様々な分野でトップダウンの指示を出していきました。
2週間かかることを1週間でしろと無理を言ったり、サービス品質に厳しい要求をしたり、広報の内容にNGを出して急きょストップしたり。
更には、社員には理解しがたい提携話を持ってきたリ、事業シナジーがあるとは思えない新分野への進出を検討したり(これはまだ検討レベルですが)、気が付けば前職の社長と同じような滅茶苦茶をしていました。

と書かれています。

何人かに聞いてみたのですが、これは結構あるあるのようです。そして、たぶん自分も過去にそのような行動をしてしまっていたのではないかと思っています。

今回は、そもそも「滅茶苦茶な社長」の是非と、なぜそのような行動を起こしてしまった原因を自分なりに分析してみたいと思います。

「滅茶苦茶な社長」になる理由その1: 「圧倒的なリーダーシップを持った社長」の存在が必須という思い込み

個人的な感想ですが、滅茶苦茶な社長というか「社長色の強い会社」と言うと、「スティーブ・ジョブズ」をイメージします。

「スティーブ・ジョブズがいなければ、iphoneは生まれなかった」

というのは何度か聞いたことがあるのですが、まさに「圧倒的なリーダーシップ」を持った人に言われる賞賛なのかなと思います。

ただ一方で、「圧倒的なリーダーシップを持った社長がいないと、会社がうまくいかないか?」と言うと、決してそんなことはないと思います。むしろ、そうじゃない会社の方が多いと思います。

ただし、記事にもあるように「スタートアップ」であったり「特定のコミュニティ」などでは、

いまでも僕は滅茶苦茶な社長を続けています。
それは自社を「平凡な中小企業」にしたくないからです。

幹部に負荷がかかることは申し訳ないと思いますが、「平凡な中小企業」に向かうのはもっと申し訳ないので、心を鬼にして厳しい要求をし続けています。
その厳しい要求が、社員や幹部の理解に至らないとき、僕は「滅茶苦茶な社長」として映っていることでしょう。

というような感覚の方が多数派であるということが起こり得ると思います。

私もそのようなコミュニティと、そうでないコミュニティのどちらにも所属していたことがあるのですが、まさに2つは「文化が違う」という印象でした。

ただしそのようなコミュニティに属していると、「滅茶苦茶なベンチャー社長」の存在は必須である。という風に思ってきてしまうのではないかと思います。

その為、

「圧倒的なリーダーシップを持った社長がいないと、会社がうまくいかないわけではない」

という前提が抜けていなければ、後は選択の問題かと思いますが、この前提が抜けている人は多いのではないのかなと思っています。(私も、一時そのように勘違いしていた時期がありました)

※ただし記事の方は、<うまくいくか、否か>ではなく<自社を「平凡な中小企業」にしたくない>とおっしゃっておられているので、これは記事の件とゴール設定は違う話ですが。

「滅茶苦茶な社長」になる理由その2: 「型破り」施策ジャンキーになってしまう

これは私が勝手に定義している言葉なのですが、施策の中でも、

最適化 → 型破り → キテレツ → 変なこだわり

というような階層があるのかなと思っています。

「最適化」というのは、いわゆる合理的な判断の延長線上です。

「型破り」は、記事で言うところの

「ベンチャー企業には、創業者以上の競争力はない」
「創業者は理念と業績の矛盾した両方を追いかけられる」
「幹部は業績を伸ばせるが、創業者以上に矛盾した両方を追うことが出来ない」

ではないですが、いわゆる「常識にとらわれない」施策というのは最適化と別の発想かなと思っています。

逆に、「キテレツ」と「変なこだわり」はどちらも「誰からも理解されない施策」だと思っています。そのうえで、「キテレツ」と「変なこだわり」を分けるのは「結果」だけなのかなと思います。

ここで重要なのが、「型破り」な施策というのはうまくいったときに、結果以上に褒められてしまう。ということかと思っています。コミュニティによっては「チャレンジしたこと」に対して過剰に評価されてしまうこともあると思います。

ここで問題なのは、チャレンジしたことは評価されるべきですが、施策の「結果」よりも「行動」に対して褒められてしまい、褒められることが快楽として刷り込まれてしまう「パブロフの犬状態」になっているのかなと思います。

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そうすることで、

・「最適化」な施策により改善がされた効果

・「型破り」な施策により改善がされた効果

が「同じ効果」であっても、「型破り」ジャンキーになってしまうと「型破り」な施策を選んでしまうのかなと思っています。いわゆる、目的と手段が逆になってしまう状態です。

このマインドコントロール状態に陥りやすいかは、環境によって変わってくるのかなと思います。

※ちなみに、パブロフの犬状態については、

mitene.hatenablog.jp

の記事に詳しく書いていますので興味がありましたら、ご覧ください。

「滅茶苦茶な社長」になる理由その3: 「自分の会社」に非モテコミットしてしまう

非モテコミットというのは、恋愛工学用語なのですが、私なりの定義ですが、

「自分はモテないんだ」(自虐的な非モテ)というマインド状態、または、気付かずにその状態で、さらに「自分には、この人しかいないんだ・・・」と周りが見えない状態で、異性に対して必要以上に一途に恋愛をしている状態(両思い、片思いどちらも含む)。

 という意味です。

スルメで言うと、もう味がなくなっているのに、味があったときの記憶に固執し、スルメを噛み続けている状態です。

バスケットで言うと、普通のシュートも、ダンクも同じ2点なのに、ダンクを決めた時の歓声が快感でダンクにだけ拘っている状態です。

これは恋愛での話ですが、仕事や組織に対して「俺はこれしかないんだ・・・!」というマインドになってしまうと「滅茶苦茶な社長」が発動してしまうのかなと思っています。

非モテコミット状態において起こり得る現象というのは、

・「待てなくなる」

・「周りが見えなくなる」

・「もうこれしかないんだ・・・!」という損切ができないマインドになってしまう

などかなと思っています。記事中に、

2週間かかることを1週間でしろと無理を言ったり、サービス品質に厳しい要求をしたり、広報の内容にNGを出して急きょストップしたり。
更には、社員には理解しがたい提携話を持ってきたリ、事業シナジーがあるとは思えない新分野への進出を検討したり(これはまだ検討レベルですが)、気が付けば前職の社長と同じような滅茶苦茶をしていました。

とありますが、まさに(色々な意味で)「愛情の熱量が大きいから」起こる行動かと思います。

ちなみに、私の立場としては恋愛においても、仕事においても「非モテコミット」な状態が一概に悪いとは思っていません。というよりも、非モテ+というサービスを運営しているぐらいです(笑)

ただ、その熱量が大きくなりすぎて、会社が「自己表現の場」や「自分の唯一の存在意義」にまで昇華してしまうと、明らかに冷静な判断はできないのかなと思います。

まとめ

私もまだまだ試行錯誤の途中ですが、滅茶苦茶なベンチャー社長についてメリット・デメリットがあると思っています。ただし、特定の組織や、事業においては、

時系列と変更可能な領域の相関関係

 

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という感じで、スタートしてからの経過年数におうじて、ドラスティックな変更や型破りな施策の受け入れら方が違ってくるのかなと思っています。また、もう1つの観点として、

「遊び心」の向き・不向きは、「組織」軸と「事業」軸の2軸ある

 

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 という感じで、「事業」軸と「組織」軸で属性が一致しないという現実があります。

ただし、どうしても「事業」の属性と「組織」の属性を同一視してしまう傾向にあり(①と④の組織と思い込んでしまう)、結果としてその判断が組織の中でのハレーションの原因になりやすいのかなと分析しています。

と、まだまだ分析途中なので、30代も頑張っていきたいと思います!(; ・`д・´)